薄ラケ(しなるラケット)を使う本当のメリットとデメリット
2020年10月19日薄ラケとは、テニスラケットをコンチネンタルで(包丁のように)持った時に正面に見えるフレームの幅が、薄いラケットのことです。一般的に「ピュアドライブやEZONEなどの26㎜が中厚、27㎜以上が厚ラケ、マイナーですが23㎜程度が準薄ラケ、プレステージやプロスタッフ・ブレードなどが22㎜以下が薄ラケ」と呼ばれることが多いです。
薄ラケは一般的に飛びが控えめでネガティブにとらえられやすいラケットですが、使うメリットもかなり多くあります。
薄ラケを使うデメリット
まず、デメリットからです。
飛び
薄ラケは、スロートと呼ばれる三角形の部分やフェイス部(ストリングが張ってある部分)のフレームの剛性が低く、その影響でスロートやフェイス部のフレームが歪むことにより、エネルギー損失が起こるため、同じスイング“力”で振った時は反発(飛び)が落ちます。特にオフセンターショット時に顕著に出ます。
逆に厚ラケは、フレームの歪み(ねじれ)が少ないためエネルギー損失が少なく、高反発のラケットです。
スピン
スピンは基本的に上にスイングをしてかけます。つまり、斜め上に振る(水平方向と垂直方向の合算)ことでスピンをかけます。
ただ、薄ラケで、斜め上に振るとスイートスポットやエリアを外しやすくなるため、フレームのねじれが大きくなり飛ばなくなります。
ナダルがピュアアエロを使う理由が、ワイパースイングをするとヘッドスピードが上がってしまいスイートスポット&エリアを外しやすいからです。
さらに薄ラケは飛びも控えめなので、スピンを多くかけて打ってしまうと、水平方向のスイングスピードが足りなくなりやすいです。また、バウンド時の摩擦が多くボールが伸びない(滑ってくるような伸び)ため、スピン系プレイヤーはより球速が必要という一面もあり、ピュアアエロやエクストリームなどが使われています。
つまり、薄ラケを使うとスピン量は多くしずらいです。ただ、「厚ラケだからスピン量が多くできる」ということではなく、薄ラケは「無理やり多くかけない方がラケットの性能を最大限出せる」という意味です。
薄ラケを使うメリット
しなりによるコントロール
デメリットでは、フレームのしなりによって、反発が少なくなってしまうと解説しました。
しかし、このフレームのしなりがメリットにもなります。
ストリングのコントロール性を考えてみます。
(分かりやすいようにこの画像を引用させていただいただけなので、「clearance」や「spin window」などは気にしないでください。)
基本的にストロークを打つ時、スピンをかけるために斜め上に振ります。そうすることで縦のガットが下にずれた後、戻ろうとする力で、スピンがかかるという仕組みです。ただ、ガットが動く分スイートスポット(ど真ん中)で当てても、少し下側にボールがずれる(上の画像では「Slide」)わけです。そうなることでラケットの下側が押され、ラケットフェイスの向きが下に向きます。その結果ボールはネットにかかります。
程度の問題もありますが、スナップバック”量”が多いほどコントロールが難しくなり、ネットとボールのクリアランスが必要になります。その結果ボールが滑ってくるような伸びがなくなります。
つまり、スナップバック量が小さいほどコントロール性が良いのです。ただスナップバック量が小さいとスピンがかかりにくくなるため、フレームのしなりを大きくし、接触時間を長くすることでスピンがかかるようにしています。
これがストリングのたわみです。汚い絵で申し訳ないです。
伸びるストリングを緩く張ったほうが、たわみ量が大きくなります。それが赤い色のたわみだと思ってください。逆に硬めのストリングを硬く張ると、たわみ量は少ないです。これが青色のたわみだと思ってください。
ストリングは、当然ですが平らにはたわみません。ボール半個分ずれるだけでも大きな影響が出ます。スイートスポット(エリアではなく)を外すと、ボールの接触しているスイートスポット側のストリングがフレーム側のストリングより伸びます。
したがって、スイートスポット側のストリングは伸び途中なのに、フレーム側のストリングは弾いてしまうという現象が起きます(少し大げさですが)。その結果、ストリングのたわみが大きい方が赤い矢印のように、まっすぐ飛んで行きません。逆にたわみが小さければ、乱れが少なく飛んで行きます。(トランポリンで飛べば分かります。)
じゃあ「硬いラケットに硬く張ればいい」と思ってしまうかもしれませんが、それはできません。
硬い(しならない)ラケットに硬く張ると、スピンをかけたくても、スピンがかかる前にボールが飛び出してしまいます。そこで柔らかいラケットの出番です。
同じスナップバッ量・ストリングのたわみ量でも、ラケットが柔らかい(しなる)ほどホールド時間が増えるためスピンがかかります。
したがって、ストリングによるコントロールのムラを出さないために、ストリングを高い面圧(ストリングの目が細かい)で張りたいが、厚ラケだとスピンのかかる前に弾いてしまうため、薄ラケ(しなるラケット)を使うことで弾き過ぎを抑えスピンをかかるようにするのです。また、タッチショットもしやすくなります。
ボールスピード
一般的に薄ラケは低反発でボールスピードが出なさそうですが、実際は違います。
ピュアドライブやEZONEなどの高反発ラケットは、高反発ですがコントロールが悪いです。一方、ブレード18×20やグラビティプロなどは、低反発ですがコントロールが良いです。
簡単に説明すると、10の力を出せるとした場合、高反発ラケットは、スイングスピードに6・コントロールに4などと意識を向けますが、高コントロールラケットは、スイングスピードに8・コントロールに2などで十分です。つまり、出すことのできるボールスピードは変わりません。
もっと言ってしまうと、ブラウンやモンフィスなど「バコラー」と呼ばれるガンガン打っていく方は、ストリングが18×20のラケットを使っています。ティエムも18×20ですが、181km/hのリターンエースを取ってたりします。
「もちろんプロだからだろ」と思ってしまう方もいると思うので、以下の動画を見てみてください。T-Fight300はストリングが16×19、T-Fight305は18×19です。
意外と305のラケットの方が連続で良いボールが飛んで行っていると思います。つまり、相手からのボールが少しハードな時は特に、高コントロールの方がボールスピードが出せるのです。逆にピュアドライブやEZONEなどは、「打って行ける!」という範囲が大きくないです。
ラケットの設計も、同じスイングスピードの場合、ピュアドライブが41.6%、EZONE100が41.2%、ピュアストライク・ブレード18×20が42%の反発力です。だいたい、40.5~42%位の間になっており、同じスイングスピードで振るように設計されています。これより反発力が小さいと空気抵抗の割合が多くなり(エネルギー損失)、大きいと振り遅れやすいです。※スイング力が同じ場合、スイングウェイトが大きくなるとスイングスピードが下がります。ただ、コントロール性が良ければ余力が少なくて良いので、同じスイングスピードになります。
振り抜き
薄ラケは、垂直に振ったときの空気抵抗が少ないため、振り抜きが良いです。したがって、つまり、スナップバック量が少なくても、スイングスピードでスピンがかかるようになっています。
逆に中厚や厚ラケは、フレーム厚が厚いため、垂直方向へ振った時の空気抵抗が大きいため、スナップバック量が多くないとスピンがかかりにくいです(コントロール性の低さの一因)。
ただ、高コントロールになればなるほどラケット重量が増えるため、振り遅れて使えなくなります。
※一般的に、「薄ラケ・フェイスサイズが小さいラケット=振り抜きが良い」と言われていますが。これは間違いです。薄ラケやフェイスサイズが小さいラケットは、空気抵抗が少ないですが重量やスイングウェイトが重く設計されていて、ラケットが加速しにくいです。また、ボックス形状など空気を平面で受けると抵抗が大きいです。
プロ選手
ジョコビッチ
BIG3の一人のジョコビッチ。スピードプロを使っていると言われていますが、市販品のスピードプロとは全く別物。95インチの18×20本(後に18×19に変更)のプロストックのラケットを使っています。
95インチなのに、ストリングは縦にバボラのナチュラル(1.25㎜)・横にアルパワーラフ(1.25㎜)[レビューを見る]を60lb程度で張る鉄板仕様です。ただフレックスは、60とかなり低めにすることで、使いやすさを出しています。市販品で言うとプレステージMPが60前後です。
ジョコビッチは、ラケットが完全特注品なのに、わざわざ軽く設計製造し、リードテープと言われる錘をラケットフェイスの2時~5時あたりに付けています。これはスイングウェイトを上げすぎないでラケットの面ブレを抑える効果があります。これにより、左右への精密なコントロールや、鬼安定感、きついサーブでもあのリターンができるのだと思います。
マレー
BIG3の時代でグランドスラム優勝した数少ない選手の一人マレー。市販品はラジカルプロですが、実際使っているのは、プレステージの一種のプロストックラケットです。
98インチのラケットで、ストリングパターンは16×19ですが、縦アルパワー(1.25㎜)[レビューを見る]・横ナチュラル(1.30㎜?)を62lbで張っていると言われています。(現在は縦横逆)フレックスは58です。
縦がアルパワーの時の練習動画を見ると、絶対的なボールの伸びというよりは、常に伸びるボールを打っている感じに見えます。横がナチュラルなため、飛びは強かった上、縦がアルパワーでスピン量が少なかったのが理由でしょう。
フェデラー
前は85インチのラケットですが今は97インチの21.5㎜厚のラケットです。プロスタッフにはラケットの3時9時の位置に少し膨らみがあります。これはPWSという機能であり、カーボンの量が増えたり仲のウレタンの量が増えたりすることで、ここに荷重ができラケットの面ブレを抑制します。ジョコビッチのリードテープと同じ効果があります。
他
グランドスラム優勝経験がある、ワウリンカやティエム・チリッチ・デルポトロも26㎜の中厚ラケットではありません。WTAは、ピュアドライブで優勝している選手もいれば、95インチのラケットを使っていた片手バックハンドの名手エナンもいます。
日本人は筋力がないから「ピュアドライブが良い」とか言う方がいますが、確かに余力が多いため楽は楽です。しかし、ボールの伸びだったり繊細なコントロールだったり、デメリットもあります。ボールスピードも変わりません。グランドスラム優勝者のラケットがピュアドラに偏らないのがその証拠だと思います。
現在の薄ラケ
一世代前は薄ラケというと、カーボン技術が高くなく、ラケットをしならせる設計にしてしまうとエネルギー損失が多く飛ばなかったり、スイートエリアが小さかったりしましたが、現在の薄ラケは比較的ネガティブな面が少なくなってきました。
その証拠に、ストリング本数が18×20本のラケットでも、16×19のラケットより飛ぶものも多くなってきました。また、WTAでもブレード98(18×20)V7(バージョン7)が使われ始めてます。
薄ラケは「ハード」だと考えてる人が多いですが、中厚ラケもコントロール性・安定性が高くなくてハードに感じることもあります。結局は一長一短です。
まとめ
薄ラケは、飛ばない、スピンがかかりにくいというデメリットはありますが、ストリングのコントロール性を高めることができるラケットです。
非コントロールモデルでも、「丁寧に打てばピンポイントで打てるのでは?」と思う方も多いと思いますが、コントロールモデルの方が的は小さくても狙えます。
また、反発系モデルで6割で打っていても、コントロールモデルは8割とかで打てるためボールスピードは変わりませんし、相手からのボールが少しきつくても連続で打っていけるのはコントロールモデルです。ただ、筋力・体力は若干多く必要です。
ちなみに、ストリングだけでコントロール系ラケットと同じコントロール性を出そうとすると、反発系のラケットは太ゲージを結構高テンションで張る必要があり、意外と飛ばなくなります。
※サーブは相手の影響を多く受けないため、反発系やスピン系の方が攻撃力は高いと思います。もちろん精度はコントロールモデルです。